本題に入る前に少しだけ前の話のつづきをさせてください。

筆者のことを「スタートダッシュの遅い普通列車」と表現しましたが、訂正させていただきます。普通列車はしっかりとすべての駅に停まります。中学時代にだんだんと学校へ通わなくなり、高校ではなぜか人よりも多い4年間の月日を過ごすこととなり、大学も中退。社会人になっても思いつきで沖縄にアパートを借り、それまで住んでいた東京から突然逃亡するなど、駅に停まったり停まらなかったり、はたまた停まりすぎたり。阪神電車で例えるならば梅田を出発した高速神戸行きの列車が突然武庫川で進路を変え武庫川団地前へ。その後、武庫川線を行ったり来たりしながらやっとの思いで本線へ戻るも、神戸方面ではなく梅田へと逆走し、なぜか今は尼崎の車庫で寝ている。そんな状態です。

本当に小さいころに言われた「個性があれば大丈夫」は魔の言葉であります。「愛があれば大丈夫」は広瀬香美の言葉です。ただし阪神電車は特定の人間に対する個性とは違い、良い意味で個性を出していると言っていいでしょう。それでははじめに駅入口の駅名標を例に、書体のチョイスに個性を感じる阪神電車の「えきもじワールド」スタートです。

これまでに「えきもじの見索」では東急、京阪、名古屋市営地下鉄と3社局を取り上げてきましたが、いずれも駅名標などのサインシステムに使われている日本語書体は新ゴもしくはゴナでした。これは多くの鉄道会社や公共施設も同様で、新ゴが一大勢力を築いていると言っても過言ではないでしょう。

しかし阪神電車では新ゴでもゴナでもなくロゴGという書体が使われています。これはその名の通りロゴデザインなどに適した書体であり、新ゴなどと違って文字そのものの主張が強い造形です。おそらくロゴGをサインシステムに採用している鉄道会社は阪神電車だけではないでしょうか。ではなぜロゴGを採用しているのか。おそらく新ゴやヒラギノ角ゴ、見出しゴなどと違い、トメ・ハネなどが簡略化されフトコロが広い造形から、視認性や可読性を考慮した結果、ロゴGの採用となったのでしょう。トメ・ハネの簡略化やフトコロを広くとる造形は、昨今のUD(ユニバーサルデザイン)書体で多く見られる傾向です。では、サインシステムで多く採用されている新ゴ、ヒラギノ角ゴなどの書体とロゴGでは、どう違って見えるのか比較してみましょう。

JRや京阪など多くの鉄道会社で採用されている新ゴに、相鉄や高速道路の標識などで採用されているヒラギノ角ゴ、そして大阪市営地下鉄の旧サインシステムで使われていた見出しゴMB31です。まずは甲子園駅の「甲」と「園」の字をご覧ください。上記3つの書体に共通する部分として、文字の底面にある横線に対し縦線が下に飛び出していますね。お分かりいただけましたでしょうか。一方、阪神電車で採用されているロゴGや、近鉄などで採用されているUD書体の代表格であるイワタUDゴシックは、縦横それぞれのラインがきれいに揃っています。

つまりロゴGはUD書体に近い造形であることが分かりますね。「ならば素直にUD書体を使えばよかったのに。」と思うかもしれません。しかし、あえてチャレンジをするのが個性あふれる阪神電車。実はロゴGを採用する以前のサインシステムでは、新ゴなどをリリースしており大阪に本社のあるモリサワの写植書体を使用しておりましたが、モリサワの書体をいち早くサインシステムに採用したのが阪神梅田駅であったと言われています。そう、阪神電車の個性のひとつはチャレンジ精神です。今でこそ一大勢力となったモリサワの書体ですが、まだまだ採用例の少なかった初期の段階から梅田駅で使われていたとは驚きですね。(参考文献「されど鉄道文字」中西あきこ著)

「新しもの好き」と言っては失礼にあたるかもしれませんが、保守的なイメージの強い鉄道会社の中で「いいものは使ってみよう」「誰もやっていないけどやってみよう」という考え方はとても素敵です。難しいことを考える前にまずはチャレンジ。沖縄に住んでみたくなったら沖縄へ行く。いや、行くだけでなくアパートまで契約してしまう。そんな筆者のような単純な話ではなく、さまざまな検討を重ねた上でのロゴGという選択肢であったかと思いますが、「えきもじ」から見えるそれぞれの鉄道会社の個性の違いに、もじ鉄の奥深さを改めて実感したしだいです。なお、英字書体のVerdanaについてはのちほど見索することにして、念のため甲子園駅以外の駅名標も見てみましょう。

こちらはUSJこと「ユニバーサルスタジオじゃん!」の玄関口ともなっている、なんば線西九条駅の駅名標です。甲子園駅と同じくロゴGですが、どことなく違和感を感じます。甲子園駅となにかが違います。もじ鉄のみなさんはもうお気づきでしょうか。「答えは15秒後。ジャジャジャン!」by 小泉今日子

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