デザイン性と実用性

京阪電車のサインといえば「濃紺のストライプ」。2008年の中之島線開業に合わせ、駅名標をはじめとする各種サインから車両デザインに発車メロディ、旗のマークでおなじみの社名ロゴ(CI)にいたるまでトータルでリ・ブランディングされ、大手私鉄の中でもトップと言っても過言ではないほど洗練されたデザインになりました。

 

駅入口の駅名標も濃紺と同系色のストライプに白抜き文字で駅名、隣接して駅番号、ロゴと多くの駅でこのデザインに統一されています。

日本語書体はおなじみの新ゴ。そして英字書体は日本国内だけでなく世界各国のサインシステムで目にすることの多いFrutiger。読み方は「フルティガー」と呼びます。アドリアン・フルティガー氏が制作した書体なのでフルティガー。石橋正二郎氏が創業した「ブリヂストン」(Bridge+Stone)や、鳥井信治郎氏の「サントリー」(鳥井+サン)などと同じく、自分の名前を入れましたタイプ。でも、ひと捻りしていないのでちょっと違いますかね。「橋田壽賀子ドラマ 渡る世間は鬼ばかり」の「橋田壽賀子ドラマ」の部分とおなじでしょうか。それも違いますね。

 

話を元に戻します。このFrutigerという書体、元々は1960年代後半にフランス・パリのシャルル・ド・ゴール空港のサイン用に制作されたもの。そう、サインシステムのために制作された書体なだけあって視認性は抜群。有名なところではJR東日本や西日本に東京メトロや京急などでも使用されている、界隈では有名な書体なんです。

 

そんなFrutigerは文字の太さ(ウェイト)も細めのLightから太めのBold、Blackと進み、もっとも太いUltra Blackにいたるまで多くのバリエーションを取りそろえているだけでなく、Frutiger NextやNeue Frutigerなど、元々のFrutigerからデザインが一部改良された新書体もリリースされるほどの人気。そんなNeue Frutigerの制作に日本人が関わっていることをご存知ですか。タイプデザイナーの小林章(あきら)さんという方です。

小林章さんが執筆された「フォントのふしぎ」(美術出版社)という本にもNeue Frutigerの制作話が掲載されています。ナルホドがいっぱいの本ですので、文字好きな方にも、そうでない方にもぜひオススメしたい一冊です。そして、この本を手に街を歩いてみてください。きっと、いつもの景色がガラリと変わることでしょう。ポケモンGO以上に。

 

また話がそれてしまいました。京阪電車の話に戻します。さて、駅入口の駅名標は基本的に先にあげたデザインに統一されていますが、これ以外にもいくつかのパターンが存在しますので、順にご紹介いたします。

まずは伏見稲荷駅です。駅名の下に方面が記されていますね。これは上下線の改札が別にある駅での表記方法です。もちろん「駅名の下に方面表記」と決まっているわけではなく、看板自体のサイズによっては「駅名の横に方面表記」など、その場その場に合わせたバリエーションがありますが、ここでは省略させていただきます。

 

なお、伏見稲荷駅上りホームの専用改札は駅名の下に方面表記がなされている分、文字サイズが少し小さくなっているようにも見え、特に方面表記の英字部分は「ちょっと細かいかなぁ」とも思うのですが、作り手側の視点から見ると標準的な駅名標のデザイン、イメージを損なうことなく追記がされているので「デザイナー的」にはベターということです。もしかしたらストライプがなければもっと視認性が高いのかもしれません。ただ、統一美という点からするとやはり必要です。これもまた難しい問題です。デザイン性と実用性。デザインを生業としている人間はいつもこれに悩まされます。

 

「全体的に文字を大きくすればいいのでは?」という意見に関しては、おそらく多くのデザイナーがこう答えることでしょう。「大きくすればいいというわけではない」と。ならば看板自体を大きく、たとえばもっと横長にし、方面表記の配置を移動すれば解決できるのかもしれません。写真を見る限りでは左右にスペースがあるはずです。しかしこれもまた看板自体のサイズが決まっていたりするなどの制約があるものです。限られたスペースでイメージを損なうことなく制約を乗り越えてデザインをする。難しいですね。これがデザイナーの苦悩でしょうか。筆者もデザイナーの端くれですが、端くれすぎて分かりません。

生まれ変わったらデザイナーになんかならないんだからっ!

つづいては日本一風流な駅名と言っても過言ではない宇治線の観月橋(かんげつきょう)駅です。見ての通り白いですね。新ゴ、Frutiger、そして全体的なバランスは濃紺の標準的な駅名標と同じですが白いです。ストライプもありません。なぜでしょう。

 

まずはじめに思いついた仮説は京都ならではの問題。京都をはじめ鎌倉や軽井沢などの観光地で「茶色いマクドナルド」や「白いENEOS」など通常の色とは異なる看板を目にしたことはないでしょうか。いわゆる景観条例ですね。もしかしたら観月橋駅を含む宇治川周辺に、なんらかの景観的な制約があるのかもしれない。そう考え、京都市都市計画局の資料で調べてみたところ、観月橋駅を含む伏見桃山駅、丹波橋駅、墨染駅は旧市街地型美観地区に指定されており、建築物において条例が適用されるエリアとなっていました。

 

とはいえ駅入口の駅名標は旧市街地型美観地区が適用される建築物にあたるのか、それとも旧市街地型美観地区に問わず広い範囲で色彩的な条件がかかる広告物なのか。あらゆる資料に目を通し調べてみましたが、高校を留年した経験を持つ筆者には小難しい規約が理解できない。読解力がまるでない。悲しいかな同級生たちが大学へと進学をする中、もう一年高校生活を送ることとなった「たりない頭」を恥じるまででありますが、調べても分からないことは聞くしかない。社会人の常識です。飲食店で店員さんを呼べず、食べ終わってもなかなか会計をすることができない筆者が、勇気を出して京都市都市計画局におもいっきり生電話をしてみることにしました。

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文・写真 _ 石川祐基 | 公開日 _ 2016.07.29

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