斜体が正体で、正体が斜体で

小学生のころ、両手の人差し指で口を横に大きくこじ開けながら「学級文庫」という言葉を発すると「学級うんこ」に聞こえる、という遊びを誰しも経験したことがあると思います。一説によると横浜市金沢区の子どもたちは「学級うんこ」ではなく「金沢うんこ」と、ご当地うんこで盛り上がっているという話も耳にしたことがありますが、せっかくなので駅名標書体の解剖も小学生たちに大人気の「金沢うんこ」こと「金沢文庫」を例に、うんこなクオリティにならないよう丁寧に見索してみましょう。

まずは駅名標書体の特徴とも言える斜体の角度です。金沢文庫駅の写真を元にAdobe Illustratorでシアー(角度の調整)をかけてみると、約17%ほどの斜体であることが分かりました。ということで元々の駅名標書体をトレースしたものと、トレースした斜体の駅名標書体を-17%に正体化したもので比較してみます。

Aが元々の駅名標書体、Bはそのまま正体にしたものです。少し平体がかって見えますね。縦横比はおおよそで8:9。旧営団地下鉄のサインシステムで使用されていたゴシック4550の同等の比率です。しかしこうやって正体にしてみると、文字の形がどこかいびつに見えてきます。特に「金」「文」そして「庫」も、なんとなく重心が左側に寄っているような造形です。これはぜひとも直しましょう。文字で大切なのはバランスです。潔癖性の筆者は黙って見過ごせません。

潔癖症だから温泉に入れないボクです!

まずは「金」です。重心が左側に寄って見える原因は、カンムリ部分の文字の太さが左右で異なることだけでなく、頂点も若干左側に位置していることですね。そのほか細かい部分も左右で異なっているため、きれいなシンメトリーになるよう調整してみます。

次は「文」です。こちらも「金」と同じく左右で太さが異なっているだけでなく、カーブの角度も違います。こちらもきれいなシンメトリーにしてしまいましょう。

最後に「庫」ですが、マダレの頂点から「車」の縦線にいたる部分で、位置が左側にズレていますね。こちらも同じくきれいな一本のラインにしてしまいます。

というわけで完成した、バランスの良い「金沢文庫駅」がこちら。

どうでしょう。こうやって比較してみると文字の重心が左側に寄っているいびつさが解消され、よりきれいになりましたね。やっぱり文字は美しくなくっちゃ。それでは元の駅名標書体と同様に17%の斜体をかけてみます。

あれれ、おかしなことになってしまいました。きれいに見えるように調整したはずが、斜体にすることによって逆にバランスが悪くなり、正体にするとバランスが悪いはずであった元の駅名標書体は、左右の重心の偏りもなく美しく見えます。下段、バランスを調整したはずの文字については太さを統一しシンメトリーにしたものの、特に「金」と「文」はどう見ても左右で太さが異なりますし、重心も右側に偏って見えます。なぜなのでしょう。

 

実は京急の駅名標書体は斜体であることを前提として作られたものであり、斜めになったときにバランスが良く見えるよう考えられた専用の文字なのです。世の中のさまざまな書体にもイタリック(斜体)バージョンが存在するように、斜体と正体では文字の構造が異なっており、正体の書体をそのまま斜めにすることや、逆に斜体の書体を正体に戻してしまうことはご法度とも言えます。いや、ご法度は言い過ぎでしょうか。つまり斜体を正体に、正体を斜体に入れ替えてはいけないということですね。入れ替えても許されるのは東京のイケメン高校生と飛騨のカントリーガールだけです。ただし筆者の世代的に入れ替わると言えば、観月ありさといしだ壱成です。

 

いったいなんの話をしているのでしょう。

 

そんな斜体と正体の違いですが、単純に正体を斜めにすればいいということではないため、文字好きにとってはどうしても譲れない部分であると同時に、お金のかかる点でもあります。なぜなら斜体を使いたい場合は、同じ書体であっても正体とは別にイタリックバージョンも購入しないといけないからです。フォント沼にハマるとお金がいくらあっても足りませんので、ここはぜひ「えきもじの見索」を書籍化してですね、印税収入をですね...。

話がそれるのも、アリありさ。

冗談はさておき、次のページでは筆者が実家から発掘してきた少し懐かしい品とともに、駅名標以外で味わうことのできる駅名標書体をご紹介いたします。書体再現クラスタのみなさんも必見です。

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文・写真 _ 石川祐基 | 公開日 _ 2016.10.07

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