近年はLEDやLCDの普及が進み、徐々にその姿を消しつつある反転フラップ式発車標。鉄道好きの間では「パタパタ」、ある一定の世代より上の方には「ベストテン方式」と親しまれ、発車順序が変わるその瞬間にチラッとだけ見える珍しい行き先に、思わず「おっ」と声を上げてしまう方もいらっしゃるのではないでしょうか。筆者もその中の一人であります。高速シャッターで珍しい行き先を狙い「通勤快特 東中山」なんて表示が撮れた日には顔のニヤけ方が不審者そのものでしょう。京急では今もパタパタが現役で稼働しており、見る者を楽しませてくれますが、いったいパタパタで使われている書体はなんなのか、意外と見落としていたこの疑問に「えきもじの見索」は答えたく思います。

駅名標、番線標、案内標と京急のサインシステムではお目にかかることのなかった太ゴB101の登場です。おもに書籍の本文や見出しなどにも使われている、文字の先端に行くほど太くなる抑揚のついた書体ですね。出版物で多く目にする印象があります。どこかレトロスタイルなパタパタには、抑揚もあまりなく現代的でスッキリとした新ゴよりも太ゴB101のほうがお似合いな気がしてグッドです。それではせっかくなので上の路線図に使われいる書体も見てみましょう。

平成角ゴシック体、覚えていますか。建植型の駅名標で見られた書体ですね。ウェイトこそ違えどパタパタの発車標にも使われていたのです。

すごく個人的なことを言ってもいいでしょうか。この平成角ゴシック体という書体、実はあまり好きにはなれません。「嫌い。使うな。」と言っているわけではありませんよ、あくまでも個人的な感想です。みなさんにも好き嫌いはあることでしょう。例えばしゃぶしゃぶ木曽路で食べる柔らかい肉は好きでも、超激安食べ放題店のゴムみたいな肉は嫌いだとか、海辺で食べる採れたばかりの新鮮なホヤは好きでも、内陸で食べる運搬に2、3時間はかかっているであろうゴムみたいに固まったホヤは嫌いだとか、つまり平成角ゴシック体はゴムっぽい...、という話ではありません。食べ物の好き嫌いがあるように書体にも人それぞれに感じる思いがあるものです。ではいったい平成角ゴシック体とはどのような文字なのか、詳しく見てみましょう。

すごくデジタルな感じがすると言いますか、文字にストーリー性を感じにくいと言いますか、なんとなく「あえて使うことはないかなぁ」という個人的な印象です。しかし以前、とあるデザイン系の団体から送られてきたオシャレなDMのデザインに平成角ゴシック体が堂々と使われているのを見てこれまでの印象は一変。もしかしたら意外とかっこいいのかも知れない。いや、今まで平成角ゴシック体の良さを見出せず生かしきれていなかった自分が悪かったのかと、書体のせいにしていた自分自身を恥じるばかり。どうでしょう、よくご覧ください。だんだんと美しく見えてきませんか。まるで類稀なる才能を持ちながらも、その子の可能性に気づくことなく宝の持ち腐れをしているアイドルのプロデューサーになったような気分です。なったことはありませんが。

この書体は苦手だと表面的な第一印象だけでものごとを決めるのではなく、まずは自分自身を疑ってみる。なぜ苦手なのか。もしかしたら食わず嫌いなのかも知れない。使い方によっては堂々と輝くことができるかも知れない。つまり書体を使うデザイナー側の腕にかかっているということですね。グラフィックデザインを生業にする者として胸に突き刺さります。これからはあらゆる書体を使いこなせるよう日々精進あるのみ。もちろん書体の話だけではありません、人間関係もそうですね。ほら、また良いことを言いましたよ。出版社のみなさん、「人生を変える書体の選び方」という企画などどうでしょう。

さて、平成角ゴシック体におけるこれまでの自分自身の考え方を恥じ、「つぐない」をしたところで、パタパタと回転するテレサ・テン...、ベストテン方式以外の発車標も見索して行きましょう。

こちらは京急蒲田駅などで見られるLEDの発車標です。LEDの書体? いえいえ、上の路線図にはどのような書体が使われているのでしょう。

基本的には新タイプのサインシステムと同じく新ゴとFrutigerの組み合わせですが、駅名の英字表記にFrutiger Condensedが使われています。Condensedとは縦長の造形、いわゆる長体をかけたような文字のことですが、単純に文字の幅を縮めるのではなく、縦長の造形に適したバランスで作られている専用書体のことです。文字の形を崩すことなく多くの文字情報を表示できるため、英字表記が長くなりがちなサインシステムや路線図にはうってつけの書体とも言えますが、国内での採用例は意外と少ないですね。種別をローマ字読みで「KAITOKU」などと表記している点も特徴です。

それでは最後に、横浜駅や品川駅などで見られる停車駅案内が全面LEDの贅沢な発車標の駅名表記もチェックです。

こちらも同じく新ゴとFrutigerですね。ただし基本的な駅名表記は平体であるものの「両数」「備考」などは正体を使用しており、状況に応じて使い分けていることが分かります。京急の日本語表記は新タイプ、旧タイプを含め多くのサインで平体がかかっているため、正体の新ゴに見慣れぬ印象を抱いてしまいます。

と、ここまで駅名標、番線標、案内標、そして今回は発車標も見てきましたが、いかがでしたでしょうか。やはり駅名標書体のインパクトは抜群ですね。京急のアイデンティティと言ってもいいでしょう。今回の「えきもじの見索」京急電鉄編はここまでです。お忘れ物のないように...。

京急のパタパタと言えばこの白い発車標。行き先だけでなく路線図状の停車駅もパタッと色が変わる、アナログながらに良くできたシロモノ。写真は京急川崎駅で撮影した800形「雪だるま」に偶然写り込んでいたものだが、2000年以降も金沢文庫駅では白いパタパタが設置されていた記憶。(1999年撮影)

同じく京急川崎駅で撮影した1000形白幕・分散クーラー車の特急青砥行き。東京の地下鉄に片開きの電車が乗り入れていたと思うと感慨深いが、片開きのドアは閉まる勢いが強く、満員のラッシュ時は危うくギロチンになりそうな経験をした方も多いのでは? ちなみに白幕車は小開扉ができない。(1998年撮影)

京急では関東私鉄の中でもいち早く発車標(種別)にフルカラーLEDを導入。現在量産されているフルカラーLEDに比べて初期の品質であったためか、だんだんと照度が落ちて行き、末期は白色の光が紫色になっていた筐体も。伝統を重んじる京急であるが、新しいものを取り入れることも得意だ。(1998年撮影)

京急蒲田駅のお隣、梅屋敷駅は高架化完成までホームの長さが4両分しかなく、6両編成の電車は浦賀寄りの2両が踏切にかかってしまうためドアが開かなかった。そのため踏切には手書きの注意書きが。注意喚起の赤いストライプの枠に原宿的なかわいさを感じてしまうのは筆者だけであろうか。(2003年撮影)

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