どうやら収集癖があるようです。思い返せば小さいころ、営団地下鉄丸ノ内線は中野検車区の公開イベントで、祖母に買ってもらった運転台の圧力計。あれがすべてのはじまりだったのかもしれません。誰しも好きなものがあるならば「ホンモノ」を手に入れたいと思うのが人間の性。それ以来、速度計、ブレーキハンドル、放送装置、ドアの開閉スイッチと鉄道部品の収集に精を出し、あげくの果てには電車の座席までをも手に入れ、宅配便のお兄さんに「バ、バス...? のイスが届いていますけど...。」と驚かれたこともあります。そして年月は流れ、いまだ冷めやらぬ鉄道部品収集熱を満たすべく、とある中古鉄道部品販売店へ行ったところ、こんなものを見つけてしまい、松田聖子さんのそれをも上回る「ビビビッ」に、自宅に置く場所や持ち帰り方法など細かいことは考えもせずに即決で購入してしまったものがあります。

いかがですか、素敵ですよね。横幅1m以上もあろうかというこの看板。いいえ、看板自体が素敵なのではありません。いや、もちろん看板も素敵です。ただ、この看板に心を打たれたもっとも大きな理由は「書体」です。多少の古さを感じながらも、現代のデザインで通用すると言っても過言ではない「三浦海岸駅」と書かれた文字の形、素敵ですよね。でも、もっと注目してほしいところがあります。それは看板上部に書かれた「京浜急行」の文字。京急沿線の方、京急好きな方は、この文字の形に見覚えがあるのではないでしょうか。

少し見切れている諸元表はさておき、中央にある「KEIKYU」と書かれた四角いロゴ。こちらは2010年まで使わていた一世代前のデザインですね。そして、その下にある「京浜急行」の文字。ポスターやチラシなど、多くの媒体で目にする機会があったかと思います。コーポレートスローガンとともに、略称が「京浜急行」から「京急電鉄」に変わってからは、ロゴタイプも新しいデザインとなり、現在ではあまりお目にかかることができなくなってしまったこの書体。そう、この書体が「モノ」として自宅に置ける。なんと素晴らしいことではないでしょうか。縦が太く、横が細い独特の書体。以前は京急に限らず多くの私鉄や一般企業でも、この手の書体が巷にあふれていました。しかし、2010年代も後半に差しかかった今、次々と街の中から姿を消しつつあるのです。

今でも現役なのが「東武東上線」。CI(コーポレートアイデンディティ)策定後も消えることなく、駅のサインなどで堂々とした風格を漂わせている。そのほかにも長野県の長野電鉄や長電バスなど、まだまだ現役なのもたくさん。

と、思いませんか。レトロな雰囲気がありつつも、かわいらしく、逆にオシャレとさえ思えるこの書体を、あえて今、もっと世間に広めたい。もっとたくさん使いたい。そう思った「もじ急行」は、この書体を「私鉄ゴシック」と名づけ、フォント化することを決意しました。とはいえ、そのままトレースし、そのままデータに起こすのでは芸がない。それに、これはあくまでもロゴタイプであり、隣にどんな文字がきても安定感があるようにバランスが重視されるフォント化を成し遂げるためには、どこかで歪さが生じてくる。そんな懸念があることから、「もじ急行」では全国各地の「私鉄ゴシック」を参考に、イチからリ・デザインすることで「単体の文字」としてではなく、漢字の隣にひらがなやカタカナ、数字にアルファベットなどが並んでも違和感のない、長い文章を打ってもバランスに不自然さを感じさせない「フォントとしての機能」を持った新しい書体を作ることにしました。でも、ちょっと待ってください。文章を打ってもということは、いったい何文字作ればいいのでしょうか。

鉄道以外でも使われている「私鉄ゴシック」。長電タクシーは「タクシー」の字がスクエア状の安定した佇まい。そして有名なのがスバルの旧ロゴ。今でも新宿のスバルビルで見ることができる。カタカナの資料集めに...。

JIS第一水準の漢字2965文字に、仮名・約物・アルファベット332文字。一日一字作るとしても単純計算で約9年間もかかります。さぁ、戦いのゴングが鳴りました。はたしていつ完成するのでしょうか。常に工事中のサグラダファミリアこと横浜駅に「私鉄ゴシック」とならぬよう、ある意味でのライフワークがはじまります。古舘伊知郎さんにとっての「トーキングブルース」であり、「もじ急行」にとっての「私鉄ゴシック」です。人間ですから途中で飽きてしまうこともあるかと思いますが、どうか長い目で見守ってください。そして完成後はフリーフォントとして、誰もが自由に使えるようにできればと思います。太っ腹でしょ。日本語フォントはまともに買うと高いですからね。